2007年10月31日
スユニ60 207
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- by ayu2
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「つばめ」「はと」の食堂車として活躍したマシ35も
末期は業務用扉を開けられ、アルミサッシ化や
固定窓化され、さらに冷房もデーゼル化されるなど
近代化改装された後各地で活躍した。
また1~3は渡道し、急行「ていね」に組み込まれた。
マイテ49 2と少々異なって中央部に700mm窓が8つ並ぶ。
昭和13年に特急「富士」用にスイテ37040として落成。
戦後昭和29年まで接収を受けるが摂取解除後
近代化改装を行い、一等室内は一人用の
リクライニングシートが並び後のこだま号の
パーラーカーのようだった。
その後東鉄局内にあって「つばめ」「はと」の共用予備車として
青大将化され特急の電車化後も団体用として使われ
一等展望車一番最後の昭和38年に廃車となる。
昭和6年、特急「燕」の展望車スイテ37020として落成。
戦後接収されたが昭和25年に返還され再整備の後
特急「はと」の展望車として活躍したが
青大将塗装には変更されることなく昭和32年
オシ17 5の種車として廃車。
戦前の特急「鷗」用に昭和14年に鋼体化改造によって
スイテ37051として生まれた。
戦後接収を経て25年に「はと」の展望車として
マイテ37 2 として整備。
28年にマイテ58 2 と改番、36年に廃車。
2007年10月29日
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GMのクハユニ56は窓配置が違っていて
このクハユニ56003(昭和53年仕様)も
そこは見て見ぬ振りをしていたのだが
気になって仕方ないので実車に近づけるべく
大改造することにした。
GMのキットは普通車のドア間の6つの窓が
原型の51系みたいに狭広広広広狭と並んでいるのだが
実際は全部800mmの窓である。
同様にドア後位の窓も二つとも800mmである。
2007年10月18日
有井の9600デフ無しより改造。
道東のキューロクはこのカマのように
旧タイプの背の低いテンダーを2段に
かさ上げしたものが非常に多い。
各種北海道装備、切詰めデフ、くるくるパーや
各種配管などのディテルアップを行った。
有井のキューロクは他の製品と違い出来が良いので有名で
プロポーションの修正がほとんどいらないので楽。
この手のカマはいくらでもディテールアップできるが
あえてこってりとはやらずにあっさり目にした。
有井のC58北見機関区より改造。
詳しくは
現役当時(昭和43年頃)の姿。
有井のC62なのだがいまいち似ていないので
徹底的に改造した。
前照灯、補助灯、キャブ下、ドームの形状、手すり
、配管、煙室エプロン、従台車の移設等
かなりの大改造となった。
塗装は北海道の汚いカマのイメージを再現すべく
ドライブラシでかなり汚した。
実機はデフの点検窓が目いっぱい後よりなのだが
それだけは未施工。
重連の相棒には一番調子が良かったカマと
言われた32号機を計画していて有井のC62を用意しているが
KATOからC62リニューが発表されてかなりモチベーション下降中