2012年06月26日

特急「富士」 カニ39550(カニ37)


とりあえず片面だけ。

2012年06月22日

マロネ37350 特急「富士」


マロネ37350とマロネ37396。
富士セットの妻床板が金属の旧セットに入ってた車両と
ヤフオクで買った単品のやはり妻床が金属の旧キット。
番号はキングスの旧インレタに入っていた2両をそのまま使ったが
奇しくもトップナンバーとマイナーチェンジ前のラストナンバーになった。
かなり重い旧キットの7両編成だと
有井のC53もさすがに少し空転気味。
しかも車高下げ改造でウエイトを削っているからなおさらである。

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2012年06月18日

スイテ37041(マイテ49 2) 特急「富士」 


KATOのマイテ49よりの小改造と塗り替え。
古くからあったKATOのマイテ49。
出来は良いのだがデッキなどは戦後の仕様で
床下機器の配置などは戦前仕様という
よくわからない時代考証になっていたので
どうせなら戦前の「富士」の仕様にしてしまった。

展望デッキは柵からテールマークと尾灯を
綺麗に削り取って
(意外に難しく左側は失敗気味)
右側下部に新たに標識灯と
訓令式ローマ字「HUJI」のテールマークをつけ
さらにガイアのぶどう色1号に塗り替えて
レタリングを2段標記でスイテ37041にした。

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2012年06月15日

特急「富士」 マイネ37130(完成) スロ30750(完成)


マイネ37130。
妻、床が金属の富士セットの旧製品キットを組み立て完成。
どう調整しても屋根端に隙間が空くが仕方ない。
この車両室内全部が区分室のため
窓の数が少なくリベットだらけの車体もあって
かなり重厚感あふれる車両である。

実車は
特急「富士」用として1930年に鉄道省大宮工場で製造。
昭和16年にマイネ38 1と改称。
戦後接収され冷房取付、接収解除後
「十和田」等で使用。
昭和30年、旧一等寝台廃止に伴いマロネ49 1になる。
その後「銀河」「彗星」で使用ののち
昭和35年 オシ17 8の種車となって生涯を終える。

ちなみにこのオシ17-8はのち電暖取付でオシ17 2018になり
昭和47年11月6日に30名もの死者を出した
北陸トンネル火災事故に火元になった。


スロ30750.。
キングスの妻、床がプラになった新キットを完成。
旧キットに比べリベットの2列表現等細密化され
組み立ての簡略化のためシルのリベットが凹表現になった。
ゴテゴテとした感のある旧キットに比べて
あっさりさっぱりしたディテール表現になった。

実車は
化粧室を2箇所と給仕室を設備した転換式腰掛をもつ二等車として
昭和5年に製造され当初の目的通り特急「富士」「燕」などに組み込まれる。
昭和16年の称号改正でスロ34 1となる。
戦後昭和38年にオハネ17 163の種車となり生涯を終える。

2012年06月14日

特急「富士」 スイテ37000 (完成)


キングスの妻板床版が金属の旧キットのスイテ37。
とりあえず完成にした。
ガイアのブドウ色1号はやはりちょっと黒すぎかもしれない。
所属表記などはこの当時「東トウ」なのであるが
2004年に東シナなどが東京総合車両センターに
統合されてこの「東トウ」の表記が
70年の時を経て復活した。
ただインレタはまだ無いようであるので
もうちょっと無所属?のまま。

実車の車歴としては・・・・
昭和5年3月までに特急「富士」の
鋼製展望車として37000から37003の
3両がそろったという話だが
実際には37000は昭和4年度中には
すでに富士の編成に入っていたという説もある。

その後スイテ381と改称、
戦後は接収解除後、戦後の特急展望車として復活した
僚友のスイテ382やマイテ39などと異なり
復活はせずそのままオシ174の種車として消える。

模型ではいつまでも戦前「富士」の殿として
いつまでも走り続ける。

2012年06月12日

C53 41 (特急富士)


やっと完成した。

有井のC5345デフなしから。

加工点は
前デッキを裏から筋を入れて角度を急に。
車高を1.5mmほど下げた。
キャブ窓を少し大きくした。
ヘッドライトをKATOのC57用に交換。
適度なディテールアップ。
再塗装(黒や青系統等を適度に混合した)。
といったところか。


ナンバープレートはレボリューションのC53形式入り
C5341は特定番号機というわけではなく
標準的なC53と思われるディテールにした。


正面から。
これでなんとなく違うような有井の
C53が結構まともになった。

C53もやはり有井の製品が一番牽引力があり
重たい金属車両を牽かせるにはどうしても必要なので
有井C53が似ているようにできるのは非常に有意義である。
そのうちにもう1両くらい増備しようと思う。

2012年06月11日

特急「富士」 マイネ37130(マイネ38) その1


戦前「富士」のもう一つの1等車であるマイネ37130。
2両目なのでだいぶ勘は戻り
少しはまともに組めるようになった。
後は塗装を待つのみ。
こちらは区分室側。


こちらは通路側。
マイネ38は今で言う全室コンパートメント寝台で
片側通路のためこのように左右で窓配置が全く異なる。
定員はなんと19名しかない。

2012年06月09日

特急「富士」 スイテ37000(その2)、スロ30750(その3)


スイテはとりあえずなんとか体裁を整えて
あとは塗装とベンチレータの取り付けのみとなった。
11両目の一等展望車。
これでダブりはあるが奇しくも戦前の鉄道省の
展望車の実車数と同じ両数になった。



スロは後はレタリングや仕上げを残すのみ。
ガイヤカラーのぶどう色1号は戦前の磨きこまれた
特急用客車のイメージピッタリである。

2012年06月08日

特急「富士」 スイテ37000

禁断の果実食べ始めてしまった。
まずは最後尾の一等展望車から。

久しぶりに本格的な金属キットを
半田付けで作ってるので
イマイチ、失敗が多い出来になった。
やはりウインドシルと2段雨樋の半田付けは
久しぶりに行うとかなり難しい。
でも、とりあえず2時間でここまで出来た。

こんな出来でも丁寧に塗装すれば結構見まともに見える。

2012年06月06日

特急富士 


禁断の果実を食う前に・・・・・
家にある1等展望車を並べてみた。

ここにあるだけでも10両。
手前左 スイテ481戦後(キングスキット組み立て)
中列左から
マイテ391青大将(キングスキット組み立て加工)
マイテ3921戦後(キングスキット組み立て)
マイテ492青大将末期(KATO完成品改造)
マイテ491戦後(KATO完成品改造)
スイテ372戦後(KITCHNキット組み立て)
マイテ391戦後(KATOつばめセットそのまま)
マイテ3921青大将初期(KATO青大将セットそのまま)
後ろ左から
マイテ581青大将(KATOはとセットそのまま)
マイテ492戦後(KATO単品完成品)


そして禁断の果実のキングスの富士セット。
キングスホビーも休業してそろそろ手に入らなくなるかも
と思って手に入れた。
ただし妻板と床が金属の旧セット。
前述のスロとあとマロネを加えれば
昭和5年のフル編成になるが
マロネの単品はまだ手に入っていない。

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2012年06月03日

スロ30750(スロ34) その2

キングスホビーのスロ30750(スロ34)キットで
あるが2時間でここまで出来上がった。

キングスのキット、PWシリーズになって
ウィンドシルの半田付けは必要なくなったといえ
久しぶりに半田付けで組んだので
特に2段雨樋などチョット苦労した面もあるが
とりあえず戦前特急プロジェクト?の
最初としてはまあまあなスタートか?

2012年06月01日

スロ30750(スロ34)

C53に牽かせる戦前型のダブルルーフの客車を
久しぶりに作りたくなってまずはキットを買った。

キングスホビーのスロ34(スロ30750)。


旧客キットをずらっとラインナップしていた
キングスホビーもこの春遂に休業してしまった。
このキットも探してやっと手に入れたもの。

PWシリーズとして改良して発売されたキット。
床と妻板などがプラ化して軽量化されたのと
縦2列リベットの表現が加わった代わりに
シルヘッダーのリベットを簡易表現にして
組み立てやすくしたキットである。

久方ぶりに半田付けで組むか!