2012年06月18日

スイテ37041(マイテ49 2) 特急「富士」 


KATOのマイテ49よりの小改造と塗り替え。
古くからあったKATOのマイテ49。
出来は良いのだがデッキなどは戦後の仕様で
床下機器の配置などは戦前仕様という
よくわからない時代考証になっていたので
どうせなら戦前の「富士」の仕様にしてしまった。

展望デッキは柵からテールマークと尾灯を
綺麗に削り取って
(意外に難しく左側は失敗気味)
右側下部に新たに標識灯と
訓令式ローマ字「HUJI」のテールマークをつけ
さらにガイアのぶどう色1号に塗り替えて
レタリングを2段標記でスイテ37041にした。

スイテ37041(マイテ49 2) 特急「富士」 の続きを読む

2012年06月14日

特急「富士」 スイテ37000 (完成)


キングスの妻板床版が金属の旧キットのスイテ37。
とりあえず完成にした。
ガイアのブドウ色1号はやはりちょっと黒すぎかもしれない。
所属表記などはこの当時「東トウ」なのであるが
2004年に東シナなどが東京総合車両センターに
統合されてこの「東トウ」の表記が
70年の時を経て復活した。
ただインレタはまだ無いようであるので
もうちょっと無所属?のまま。

実車の車歴としては・・・・
昭和5年3月までに特急「富士」の
鋼製展望車として37000から37003の
3両がそろったという話だが
実際には37000は昭和4年度中には
すでに富士の編成に入っていたという説もある。

その後スイテ381と改称、
戦後は接収解除後、戦後の特急展望車として復活した
僚友のスイテ382やマイテ39などと異なり
復活はせずそのままオシ174の種車として消える。

模型ではいつまでも戦前「富士」の殿として
いつまでも走り続ける。

2007年10月31日

マイテ49 1


昭和30年頃の姿。

マイテ49 2と少々異なって中央部に700mm窓が8つ並ぶ。
昭和13年に特急「富士」用にスイテ37040として落成。
戦後昭和29年まで接収を受けるが摂取解除後
近代化改装を行い、一等室内は一人用の
リクライニングシートが並び後のこだま号の
パーラーカーのようだった。
その後東鉄局内にあって「つばめ」「はと」の共用予備車として
青大将化され特急の電車化後も団体用として使われ
一等展望車一番最後の昭和38年に廃車となる。

マイテ49 1の続きを読む

スイテ48 1


昭和30年ごろの姿。

昭和6年、特急「燕」の展望車スイテ37020として落成。
戦後接収されたが昭和25年に返還され再整備の後
特急「はと」の展望車として活躍したが
青大将塗装には変更されることなく昭和32年
オシ17 5の種車として廃車。

スイテ48 1の続きを読む

マイテ37 2


昭和25年から28年にかけての姿。

戦前の特急「鷗」用に昭和14年に鋼体化改造によって
スイテ37051として生まれた。
戦後接収を経て25年に「はと」の展望車として
マイテ37 2 として整備。
28年にマイテ58 2 と改番、36年に廃車。

マイテ37 2の続きを読む